「今日は三日月がきれいだね」と思わず口から出ることがあります。
月はとても身近な天体で、薄雲くらいなら雲を通しても見えるのでとても身近な存在です。
中秋の名月のお月見ではお団子を食べたくなりますし、思わず風流を感じてしまいます。
日頃口にする三日月ってどんな月でしょうか。
夕方に西の空に見えて、半月よりも欠けている月のことでしょうか。
明け方の東の空に見える細い月も三日月と呼んでいいのでしょうか。
月は約29.5日くらいかけて地球の周りを回っています。
地球と月と太陽の位置関係で月の形が決まりますので、月は1ヶ月弱の周期で満ち欠けを繰り返すことになります。
月が太陽と同じ方向にあるときを新月といってこの時の月齢が0となります。
空で太陽の通る道を黄道、月の通る道を白道というのですが、黄道と白道は傾きが少し異なっているので太陽と月が同じ方向に見えてもぴったり重なるわけではありません。
ごく希にぴったり重なるときがあって、その時に日食が起こります。
新月の時には月は太陽と同じ方向にありますから地球から見ると月に光が当たっていない面、すなわち陰の面が昼間に見えることになるのですが太陽が明るすぎて月を見ることはできません。
新月の日を一日(ついたち)として次の日を二日、その次の日を三日と数えるのが旧暦です。
ですから旧暦の日付は月齢と一致していたんですね。
旧暦は月を基準にした暦ですから当然といえば当然なのですけど。
暦についてはいろいろと深いのでまた別の機会に触れるとしましょう。
新月を一日としたときに三日の月が三日月(みかづき)です。
月齢ですと2前後になります。

半月というとどのような形の月を思い浮かべますか> 多くの人がしたの写真のような丸を半分にした形で右側が丸い月を想像するのではないでしょうか。

満月は丸い月です。
でも月の形は時々刻々と変化していきます。
満月というのはいつの時点での月を指しているのでしょう。
天文学的には満月とは黄経差180度の時点の月をいいます。
黄経というのは地球から見た太陽の通り道を一周360度で表した座標です。
黄経0度は春分点の方向と決められています。
太陽の黄経と月の黄経の差が180度ということは、地球を挟んで太陽と月が丁度反対側に位置していることを示しています。
太陽と丁度反対側に月があるので見えている月の全面に太陽光が当たっていてまん丸に見えるのです。

十五夜の月は宵の口に上ってきて一晩中輝いていて明け方に沈んでいきます。
次の日には50分程度遅れて月が上ってきます。
その次の日にはさらに50分くらい月の出が遅れます。
その遅れて昇ってくる月に名前がついています。
十六夜(いざよい)/立待月/居待月/寝待月(伏待月)/更待月(宵闇月)という呼び名があります。
これらの伝統的な呼び名は有名なのと風流でもあるので覚えて置いて損はないでしょう。
十五夜の月の翌日は十六夜(いざよい)です。いざようというのは躊躇するとかためらうという意味だそうです。
昨晩の十五夜に比べてちょっとためらった分遅く上ってくる月の呼称です。
立待月(たちまちづき)は十六夜の翌日で更に月の出が遅いので立ってうろうろと月を待つのです。
その翌日は居待月(いまちづき)です。
立って待つのも疲れるから座って待とうという月ですね。
更に月の出が遅れる翌日は寝待月(ねまちづき)または伏待月(ふせまちづき)です。
もう座ってもいられないから寝て待つというわけです。
その翌日は更待月(ふけまちづき)とか宵闇月(よいやみづき)です。
日本人が古来からいかに月が好きで待ち望んでいたかが分かるようですね。
日本人はまん丸の月も好きだったようですが、ちょっと欠けた月も愛でていたようです。 十三夜という風習があります。 旧暦の八月十五日に中秋の名月を愛でた後、翌月の旧暦九月十三日の夜は十三夜の月を愛でたそうです。 十五夜は大陸から渡ってきた風習のようですが十三夜は日本独特の風習らしいです。 旧暦九月十三日の月を「後の月(のちのつき)」とか「後の名月(のちのめいげつ)」というそうです。 中秋の名月だけ愛でて後の月を愛でないのは「方月見(かたつきみ)」といって忌み嫌ったという話があります。 中秋の名月を「芋名月」、後の月を「栗名月」または「豆名月」と呼ぶこともあるそうですので、これらの月見は収穫祭だったのでしょう。

2019/05/20 投稿